Diary

2014.12.10
KEIKO KITAGAWA

神戸ロケ

こんばんは。
今年もいよいよ終わりが近づいてきましたね。皆様、いかがお過ごしですか?
私は毎日、映画『HERO』の撮影でとても充実しています。



先日は3日間ほど、故郷神戸でロケをしてきました。
ファッションショーや映画のプロモーションで神戸を訪れたことは過去にも何度かありましたが、
しっかりと作品のロケをするのは今回が初めてのことでした。
神戸へ帰る前日は遠足前の小学生のように胸が高鳴って、一時間しか寝られませんでした。

新幹線で無駄に記念撮影までしたりして。
(こうしてマスクをすると、木村さんに
「ざわちん?」とよく聞かれます。笑)



新幹線で神戸へ帰る道のりが大好きな私は、飛行機ではなく、なるべく新幹線を利用します。
座席に身を任せ、移りゆく景色を確かめながら、故郷が近づいてくるのを感じることが至福なのです。
そして新神戸駅が車窓から見えるといつも胸が締め付けられます。
海と山が広がる、美しい街、神戸。私の故郷。
大好きな神戸。



神戸は私が17歳まで育った街なのですが、父と母と弟と、家族4人で過ごした楽しくて美しい思い出も、
阪神淡路大震災で失った悲しみも、それから歯を食いしばって立ち直った人々の勇敢な心も、
不安を抱えたまま上京した日の自分も、なかなか仕事が無くて胸を張って帰れなかった空白の時代も、
懐かしさも、温かさも、切なさも、全てが詰まった街です。

もちもん今回は撮影で訪れたので、センチメンタルになりすぎることはなかったのですが、
11年前、「芸能界にいくんだ」と言って飛び出すように上京してから、
街でばったり友人に会ったらどうしよう、とか
「仕事の方はどうなってるんだ」と知人に聞かれたら返す言葉がないなぁ、とか
そんな風に考えると、なんとなく恥ずかしくて帰ることが出来なかった神戸へ、HEROの撮影隊と一緒にこっそり帰れて嬉しかったです。

撮影が早く終わった日に、昔家族で毎週末訪れていた三宮や元町に繰り出すと、懐かしさと、
ちゃんと大人になって、自立して、胸を張って帰ってこられた喜びでいっぱいになりました。

三宮のセンター街から元町のセンター街まで歩いて
(with ヘアメイクさん&スタイリストさん)



中華街で食べ歩きをしたり







地元で神戸牛を食べて



ある夜はルミナリエにも足を運びました。



土曜日で激混みだったので良い写真が撮れませんでしたが…。
最高の思い出です。

神戸ルミナリエは、今年で20回目を迎えました。
1995年の12月に阪神淡路大震災の犠牲者の方々への鎮魂の意を込め、
そして神戸の街の復興・再生への夢と希望を託し始まったもので、神戸に住んでいたころは毎年必ず家族で見に行っていました。

小学生のころ、人ごみで家族とはぐれて大変なことになった年があったなぁ、
弟と大喧嘩して父に叱られた年があったなぁ、
反抗期で、父と一緒に行きたくないと思いながらいやいや来た年もあったなぁ、
色んな年があったけど、ルミナリエは毎年ここで輝いてくれてよかったなぁ、
神戸は頑張ったなぁ、みんなで力を合わせてここまで立ち直ったんだなぁ。
ルミナリエを眺めながらそう思いました。

あの日、奇跡的に命だけは助かって、家族も無事で全員生き残ることが出来たこと、今もとても不思議です。
弟の手を引いてパジャマに裸足のまま走って避難したこと、
走りながら見た光景のこと、瓦礫、火の海、すぐ隣で天に召された方のこと、これからどうなってしまうのかと漠然と考えたこと、きっと忘れることはないと思います。
なぜあの人で、私じゃないのか、なぜ私は走るのか、生きるのか。その答えはまだ見つかっていません。
あのとき生かされた意味をしっかり考えて、与えられた命に感謝して、置かれた場所で地に足をつけ明日からも生きてゆこう。
そして残された者の責任をしっかりと果たしてゆこうと
ルミナリエを見ながら、犠牲者の方々に想いを馳せました。

神戸がこれからも美しく、温かい街で居続けられますように。
神戸がこれからも笑顔を失わず輝けますように。

あの日から20年。このタイミングで故郷に帰れてよかったです。

最後に美女でしめます。



素敵なお姉さま。吉田羊さん。
セット裏でも美しい…!